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Sketch

主婦兼イラストレーター。 多摩美術大学日本画科所属。

津原泰水先生による紹介文

もう刊行されて大分経ったので、私のオンライン画集に沿え書きいただいた一文をご紹介させていただきます。

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津原泰水先生による紹介文


目黒詔子画集に寄せて

 目黒さんの画を知ったのは十年も前のことになろうか、たしか編輯者を通じてであり、そのデッサン力に舌を巻いた。コンピュータを使った効果を利用しているとの話だったが、なにをどうやっていらっしゃるのか見当もつかなかった。当時、すでに目黒詔子は出来上がっていた。
 そのうちコンピュータを利用したイラストレーション技法が広まり、使わない画家のほうが珍しくなってしまったけれど、未だ目黒さんの域でそれを駆使している画家は見たことがない。僕は音楽にコンピュータを利用するけれど、楽器を弾きこなせるからこその便利なインターフェイスなのであって、弾けない者、歌えない者が出来合いのパーツを組み合せてみたところで、それは音楽でもなんでもない。ただの雑音に過ぎない。
 このたび改めて目黒さんの足跡を眺め、その視覚の鋭さに、危うく心が折れそうになった。視られる恐怖を味わった。この人に、俺は視られていたのか。
「視える」は宿痾であると僕は思う。獣毛の繊細な輝きが、布の柔らかい閃きが、夥しい緑の蠢きが、一瞬にして視えてしまう人たちがいて、そのうちの僅かな人が、平面にそれらを定着させる指先を持っている。
 目黒さんの足跡を、彼女の世界との戦いの記録のように僕は見る。視覚の鋭さゆえに否応なく襲いかかってくる世界、無数のテクスチュアを、彼女は視て、視て、正確に描くことによって、平伏させてきたのだと思う。そうしてもらってようやっと、僕ら視覚の鈍い者たちが「世界」を味わえるのだ。

 実際にお会いするところの目黒さんは、物腰の穏やかな淑女であり、戦闘的な気配など微塵もない。しかし——いや、だからこそ、僕はその画業の重みに戦慄する。
 仕事で村山槐多や月岡芳年を扱い、クラウス・フォアマンと手を組み、四谷シモンの人形を愛でてきた。まったく同等の緊張感を、目黒さんの画に対して覚える。絵師とはいかなる者かを、如実に体現してこられた女傑が、目黒さんである。
 画集の発刊に祭しリストを眺めさせていただいたところ、おお、青山学院大学推理小説研究会の先輩、菊地秀行さんの装画を幾つも手掛けられているではないか! 十五年も上の先輩だが、弱冠の僕に優しく、厳しく、接してくださったものだ。そういった存在なくして、小説家津原泰水は生まれ得なかった。なにやら特別なご縁を勝手に感じて喜んでいる。
 目黒さんはきっと少女の頃から特異な、「怖い」人だったのだろう。その怖さに人々が惹かれ、畏怖の念から支援もされ、そして画家目黒詔子が生まれたのだと想像する。我々凡人に、眺むる愉悦——それを通じての世界との付合い方を教えてくれる、数少ない存在である。

     津原 泰水
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追記:拍手ありがとうございました!


N様

>昨年、目黒さんの作品に触れる機会がありました。

一見淑やかな外見と、作品の激しさのギャップに触れ、

>後背を断った覚悟をうかがいました。 

10年前からの積み重ねで、

>今の目黒さんがあるのだと納得しました。

嬉しいお言葉本当にありがとうございます。

私の絵はは首根っこ掴んでガタガタ言わせたる!って

感じなので、淑やかではないですね(笑)。

書店で見た時、パッと目に入るような絵を目指します。

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目黒詔子
性別:
非公開

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